こんにちは。田岡です。

最近、ニュース記事で見たのですが「中途半端が自己肯定感を下げている」「中途半端からの卒業」といったような、「中途半端」=いまいち良くないもの。という評判の記事を目にするので、今日はこのテーマで記事を書いていこうかなと。

ちなみに僕は自分でいうのもなんですが、THE・中途半端な性格をしておりますが、今こうしてやりたいことが出来るようになったし、それまでの道のりを振り返っても、僕は心から「自分が中途半端でよかったな」って思います^^

(今日伝えたことはこんなことです)

結論から、中途半端でも上手く生きたいならば「中途半端」を活かすこと。

「中途半端」というのは特徴の一つでしかない。

あくまでボク個人の意見ですが、僕はこう思ってます。

僕は性格上、「本当にお前って中途半端だよね」「なんか中途半端だよね、振り切ってない」「どっちつかずだよね」とか言われることも多く、悩む日々を過ごしていたこともありました。

それこそ中途半端を変えよう!!振り切ろう!!と一つのことに集中したりとかいろいろとチャレンジをしてきた経験もあります。

実際に、そのチャレンジが無駄になったとはまったくもって思わないですが、色々と考えていった結果。

「はい、僕は中途半端です」と心から認めていくことを選びました。

 

なんでしょう、一種の開き直り、ともとれるかもしれませんが、それでいいじゃん。と思えるようにした。ということです。

もちろん、その特性が人に迷惑をかけてしまうものだったりしたら、変えていく部分も必要だしやらなければいけないこともあるのだと考えていますが

少なくともボク個人が断言できることは「中途半端」ということに対して悩む必要は一切ない。

ということです。

自分自身の過去を振り返っても、その性格だからこそ成功した経験には誇りを持っていいと思えたんですよね。

そもそもとして「中途半端」ってなんだろうか?

デジタル大辞典さんからの引用ですが

[名・形動]始めた物事が完了しないでいること。態度などが徹底せず、どっちつかずの状態であること。また、そのさま。「何をやらせても中途半端で終わる」

ということです。

あー、、、始めた物事が完了しないでいることはまぁあまり良くないことなのかも??と僕も引用してきて思っちゃいましたが笑

「態度などが徹底せず」という部分が一つキーワードになるのかな??と思います。

要は「Aの事柄を全力でやると決めたのに、結局やめてしまう」とか、そういうことかなーと思うのですが。(ダイエットを途中でやめてしまったり)

ここの論点は、「やめたとしたら何のためにやめたのか?」という部分だと思うんです。

 

それこそ、ダイエットをやるために毎日5Km走ろうとしたけども、2週間くらいやってから、食事制限のほうが痩せると判断したから食事制限に切り替えた。走るのをやめた。というのならばダイエットは辞めてないと判断もできるわけです。

目的に対して準じた行動をしているのならば別にそれはそれでいいのではないかなと。

と、こういうことを話すと言い訳臭い。というような意見が上がることがあるのですが、、、、

そうです。そもそもとして言い訳なのです笑

実際にランニングに関しては「中途半端」と言われても仕方ないのです。だって辞めてしまっているから。

 

ただ、大事なのは途中でランニングを辞めたとかそういう問題じゃなくて、「ダイエットをして痩せること」のはずです。

それが目的としてあるのならば、別にそれは恥じるべき行動でも何でも無いと思います。

結果的に痩せれば、周りの目も変わりますからね。

 

思うに、中途半端と言われる人は、抽象度が高いのだと思います。

これは実際僕の発言ではなくて、とある起業家さんと話していた時に言ってくれた言葉なんですが、、、

こういう考え方でいいと思います。別に中途半端でいようとしているわけではなくて、「どっちの良さもわかるから悩む」というだけの話でして、あとは自分が行った行動に対して結果がついてくるならばまったくもって問題はないかなと。

つまるところ「選択肢に悩んで動けない」という状態じゃなければ僕は全く問題はないと思うんです。

AとBで悩んだら、両方共取れる選択肢を選ぶ。作り出す。

「トレードオフを破る」という考え方でもあるのですが、そちらのほうがやる気が出てくるものではないでしょうか?

 

現に、成功のアイデアというのはこういったトレードオフを破ることで生まれることも多々あります。

ダイエットだって 「食べたら太ってしまうー痩せるためには食事を抜くが、それは辛い。」

ってところから「食べながら痩せるダイエット」っていうのが出てきて、そこから「食べながら痩せるダイエットは食事が美味しくないー美味しい食事はダイエットの妨げになる」ってところから「カロリーが少なくとも美味しい食品」がうみだされてきたわけです。

・・・・ちょっと分かりづらい例だったかもしれませんが。。。

 

ともあれ、「中途半端」で悩むくらいならば、その「抽象度の高さ」を活かす方面で物事を考えてみては如何でしょうか?

一つに絞れないのならば、全部やる、全部ひっくるめてやるための方法を考え出す。

そちらのほうが、本当に自分のやりたいことならばやる気が出るのは当然ですし、むしろそういった姿勢で何かを取り組んでいる人を「中途半端」なんて言う人はいないと僕は思います。

 

「いろいろと手を出して、彼は中途半端になっているよね。」って言われるよりも、「いろいろやっているのにこれだけで来ているのって本当にすごいね」って言われたいじゃないですか?

 

それって、全部をやりきるって方向に振り切って、本当にあと一歩の部分までやりきるかどうか??

それが一番重要な点だと思ってます。

ある水準まで、行動力が達していけば、実を結ぶことがかならずある。

それまで脇目に降ってしまうならば、周りを気にしながらも全力で進めば良いのではないでしょうか??

 

あくまで一人の考え方ですが、ご参考になればと思います。

 

PS,ちなみに、結果が大切。という部分は根底において絶対ではありまして。アチラコチラに手を出して何も進まず、周りに迷惑をかけてしまう。というのは当然ながら良いことではないですよ。

大切なのは、自分の特性を貫き通す。ということではなくて、「自分の特性を活かした結果の出し方を模索して、そして結果を出す」ということです。

例えばAとBか?一つに絞れ!!と言われて、両方やります!となったら、ちゃんと両方やりきるということです。そして、両方やりきれなかったら、それは実力不足なのでちゃんと実力をつけていかないといけないよね。ということ。

結局は自分の特性を活かす「挑戦」は必要になりますが、とりあえず「中途半端と言われて凹む必要はない」ってことが一番ですね。

 

PS,仕事の人間関係の悩む人は下記の記事をどうぞ。

上司が仕事をしないと言われてしまう、本当の理由

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