こんにちは。田岡です。

本日は凄まじい台風だったみたいですね。。。

幸い僕は住まいが関東近郊だったこともあり、そこまで大きな被害を体感はしていないのですが、関西では土砂崩れの影響で新幹線が新大阪以降は動かなくなっていたとか。

自然災害というか、自然の力は本当に凄まじいものがありますよね。

と、これ以上この話題で引っ張っていくのは限界なので本題へ。

自己肯定感の高め方。

これが本日のお題です。

「自己肯定感」というといわゆる「自信」のようなもの。

学術的にいうといろんな言い方があるのですがつまるところ、「自分自身の存在を認めて、自分はそれでいい。とOKを出せる感覚」これが自己肯定感と言われています。

で、なんで僕がこの記事を唐突に書き始めようと思ったのか??というと、「思っている以上に、この自己肯定感が低いことに悩んでいる人が多いんじゃないかな??」って考えたからです。

で、まずまず結論からなのですが自己肯定感が上がらない原因はなにか??っていうと「その人が身をおいている環境が原因」というのが僕のひとまずの結論になります。

ちなみにこれは、「環境」自体をディスっているわけでも、誰かをディスっているわけでもありません。単純に「環境が原因」だ。ということ。

それは結局は自分が自己肯定感を高められる環境を作ってないのかもしれないし、自分ではどうしようもないところでそうなってしまっているのかもしれないし、(大抵の場合は前者だと思ってますが)まぁ色々とその環境がない原因は様々あるものだと思いますが、自己肯定感で悩む人というのは得てして環境が起因している場合が多いのではないかなと。

特に日本では「自信がない」「自信 つけるには」的なワードで検索すれば検索結果はわんさか出てきますし、

自分に自信がないって人が多く、大人になったらキャバクラにいって自己肯定感を高めている。なんて人の話もよく聞きます。

一つ言えるのは、自己肯定感を得られる環境を手にすることは、自分の人生の幸福度を上げることになるのではないかなーと。

自分を肯定してくれる人に囲まれよう。

僕が言いたいのはもうこの一言に集約されます。

僕も色々言われてものすごい落ち込んだり、もうどうしようもないほどに凹んだ経験があるんですけども。。。

自分を肯定してくれる人に囲まれていったほうが、人生は絶対的に楽しい。って僕は思います。

もちろん、悪いことをしたり良くないことをしたときまで肯定してもらっちゃ駄目だと思いますよ?裸の王様の話じゃないですけども、いわゆる物語に出てくるお金持ちの甘やかされた人のことを考えられない息子さん。的な人になったらそれは「成長】っていう概念から大きくハズレてしまうので。

ただ、そういう常識とか、レベルを高めるっていうのは前提の上でですが、自分を認めてくれる人に囲まれる。っていうのは、何よりも自分を育てる原動力になりえます。

理由??単純ですよ。

だって否定ばかりされていたら、何をやって良いかもわからないし、何をして良いのかもわからないし、何を考えて良いのかもわからないし、ものすごい辛いじゃないですか。

そういう状態でいい仕事ができるか?いいパフォーマンスができるか??っていわれるとやはりNOでして。

確かにその経験は乗り越えたとき大きく人を成長させるものだとは思いますが、正直なところ、自分からそういう経験を味わい続けるなんて人生がもったいないと思うわけです。

少なくとも僕は人事をつくしているのならば、その行いは誰かからすれば間違いなく正解とも思える行いのはずで、その客観的視点だけは持っておいたほうが良いと思いますよ。

そしてさらに言えば、その上で「こうしておけばよかった」という視点を持って反省もできればなお最高だと思います。

傷の舐め合いで終わるのではなくて、しっかりと出来なかったところは認識して、出来るように成るところは改善して、そしてトライアンドエラーの繰り返しを早くしていこう。

そしてそのためには否定ばかりされていたら、立ち上がりが遅くなってしまうから、肯定してくれる人とは関わっていくようにしよう。

そうすれば自己肯定感を大きく損なわずに済むからこそ、どんどん挑戦できるし、前を向くことが出来るから。

 

というお話です。

とはいえ、一概に肯定、といったところでただ褒めるだけでは肯定にもなりえないし、しっかりとその人の味方であることを示してあげることが大切だから、ただ褒めてくれる人が肯定してくれる人。というわけではないんですけどね。

とはいえ、自己肯定感を高めるというのは本当に大切だよな~と最近しみじみと感じた次第です。

 

PS,ちなみに肯定する人に囲まれよう。とは言いましたが、じゃあ否定する人を側に置くな。というわけじゃないですよ。

まぁそれが「人格否定」とかだったらきついでしょうか、相手もその人を良くしたくて話している否定というのもあるわけです。

もちろん、それは非常に受け入れがたいものかもしれませんが。しかしそういった否定を受け入れることで強くなるということもあるので、そこら編はご自身の中でのバランスが大事に成るんじゃないかなと。(ボロクソに言われるほど燃えるって人もいますからね)

今日の一言

結局の所思うことなんですけども「人生は楽しんだもの勝ち」です。

目的のために必要だと思う我慢ならば苦じゃないけども、ただただ耐える我慢っていうのは僕は本当に良くないと思う。

そんな我慢は自分のためにならない、そんな我慢は相手のためにもならない。我慢は精神を殺すし、すべての歯車を狂わせていく。

すべての経験は決して無駄なことなんてものにはならないし、その分の時間を取り戻そうと頑張るものではあるけども、しかしそれでも、我慢したその時間を笑って楽しい時間として過ごせていたならば、、、という後悔は残る。

その後悔があるから、頑張ろうと人は思うのかもしれないが、、、そんな思いはせいぜい一回あれば十二分だ。思いっきり自分自身を楽しむことが本当の意味で人のために成る。少なくとも、ぼくは個人的にはそう思う。

 

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