こんにちは。エガリテです。

僕は何か心に刺さるもの、感情が高ぶった時にメモしているのですが

そのメモを

 

シンガポールで友人に見てもらったところ

非常に共感してもらえまして・・・。

 

せっかくなので、そのメモを共有しようと思います。

僕自身が、非常に刺さったお話を聞いたときですね。

 

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■全ては自分の為であり、自分の為が人の為。

 

自分のために生きるな、人のために生きろと言うが

これはある意味で間違いでもある。

 

誰のために生きるのか?っていったら当然俺は自分のために生きる。

誰が大事だ?当然自分だ。

幸せになりたいのは誰だ?当然自分だ。

 

だけども幸せって何なのか?単純に楽しい時はなにか?っていったら

だれかと仲間と一緒にいるときだ。

 

〇〇や〇〇。それに〇〇〇もみんな大切だ。

 

別に自分よりも軽視していいわけじゃない。

相手を大切にすることが自分のためになるってだけの話だ。

 

誰のために仕事をするのか?っていったらそれは自分だ。

じゃあ自分が楽しく過ごすためにやることは?って言ったらその仕事を全力でやることだ。

 

プラットフォームを0から1にすることは本当に難しい。

あちこちのことを考える。

どこにメリットがあって、デメリットは何なのか?

そのうえで、すべての人にメリットが有るように作らなければいけない。

自分だけのメリットを考えたところで

 

そんなプラットフォームには先はない。

 

0から1にすることは、

1から100にするくらい難しい。

1から10で満足するくらいじゃ結局のところ10分の1しかやってないのと同じことだ。

 

答えがあるならば全力で走ったほうがいい。

目の前にやることがあるのならばそれをまず100にすることからがスタートだ。

 

自分は本気でやっていたか?

0から100を目指せていたか?

いや、ちがうな、ぶっちゃけ0から50,半分くらいだ。

 

〇〇さんの基準値から見たら0から30くらいだと思うだろう。

 

それじゃ全然足りないんだ、当たられた仕事をこなすことは当然だ。

与えられた仕事で超結果出すなんて当たり前だ。

 

作るほうがなによりもどれ程も難しいんだから。

 

それくらいやって、やりまくって、

「自分に時間使ってください、そのほうが稼げるんで」

くらいの域でやったほうが当然楽しいし儲かるし、成長する。

 

自分勝手に見えるかもしれないがその行動が

他者のためならば結局は自分のところにも帰ってくる。

そして他者も仲間も幸せになる。

 

結局のところは自分のために生きているんだ。

 

だけどその自分のために生きるってことは他者のために生きるっていうことに

重なり合っていくんだ。

 

まだその重なりは100%じゃないかもしれないけども

進んでいく内にそれは重なっていく、実感していく、理解していく。

 

だからまずは目の前のことを1→100にすることだ。

 

多少結果が出たところでそれは0→10どころか

5〜7くらいの話かもしれない。

そんな結果に意味はない、妥協を生むし、下を見て得なんてなにもない。

 

 

そんくらいに突き詰めれば人は変われる、強くなる、進化する、成長する。楽しく、明るくなる。

 

だから全力でやるべきだ。

自分が本当に誰に対しても、心から俺は全力でやっています!

そう納得させられるくらい、全力で。

 

それくらいやるから、人生ってガチで楽しくなるんだと痛感した。

 

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