時は流れて27歳。

20歳からビジネスをスタートした僕も、気づけば7年選手になっていました。

いつか有名な起業家が話していました。

「なぜ僕がこの場に立っているのか?というと、続けてきたからに過ぎない。大抵の人は続けることができずに居なくなっていく」

これは一つの真実だと思います。

大学3年の頃に投資本に出会い、自己啓発にハマり、ビジネスにのめり込み、借金を負いました。

それから一年間、奔走して大学の研究室では中が悪くなり、親から怒られ、バイト三昧の日々を過ごしました。

そんな中彼女の大切さをしり、騙される恐怖も知り、結果的には大学を辞めて、営業で結果を出せず。

そして拾ってもらったベンチャー企業に勤め、親友が独立した中でも残り、
ひたすらにその会社のために奔走を続けてきました。

今でもこの企業との関わりはありますが、僕にとってはこの会社員時代は、僕の第二の人生と言っても過言ではありません。

役員という立場になり、会社の経営に携わり、人の上に立つ難しさを知りました。

様々な無茶振りにも答え、やりたくないことにも立ち向かうことになり、自分の幅を大きく広げられました。

人間学を学び、営業で結果が出なかったセールスを行うこともやり、
セミナーにて100人の前に立って話したり、
天上人と思っていた起業家さんと経営に関して話し合うこともあり、

社員旅行では初めて海外に行くことを経験し、

自分の恩師でもあるライターの人と一緒にビジネスを行い、

触れることなんてありえなかった超絶エリートの人が会社の幹部に入り、一緒に会社を経営することもし、

シンガポールへ年に10回近く飛び回り、社員の指導や売上を大きく上げるLPの執筆も行う。

 

書ききれないくらいのたくさんの経験をさせてもらいました。

大きく能力も上げることができました。
人と一緒に一つのことに向かう喜びをしれました。
人が離れていく寂しさと辛さもしれました。
何よりも本気で生きる楽しさを学べました。

挫折も成長も幸福も妬みも楽しさも辛さも暖かさも冷たさも愚かさも賢さも。

本当に大切で重要なものを学ばせてもらうことができました。

結果として会社は、全体では年商30億にも登るような大きな影響力を持つ会社になりました。

 

そして、僕はその会社の中枢からは外れることになりました。

 

僕は会社に入ってからの5年間、ひたすらに会社のことを考えていました。

正確には「考えるように常に心がけて、会社のために生きるようにしていました」

行動はすべて会社のため、発展を考える。

会社が発展することが社長も、自分も、社員も、会社に関わる人を幸せにすると信じて。

それは決して間違った行動ではなかったと思います。

事実、そうやって会社は発展していきました。
(もちろん、僕の尽力があったから、というわけではなくて、
社長を中心とした会社に関わる人すべての努力、献身、尽力があったからこそだと思います。)

 

ただ、ある時を境に、僕は「自分自身の幸せとはなんなのか??」を考えることになりました。

ある意味では自我の目覚めだったのだと思います。

・社員が成長し、すでに尻拭いをする人間は必要ないくらいに成長していたこと。
・自分がそのままその場に居ることは、必ずしもプラスではないと「自分が思っていた」こと。

様々なキッカケがあり、僕は27歳の時に改めて「自分自身をより幸せにするために生きること」を決意しました。

思えば、僕は自分が「会社のためにいきている」と言い聞かせ続けた結果、

完全に会社に依存してしまっている自分に気づいたのです。

「このままではいけない」

そう思った時にやった行動は、「会社からの精神的な独立」でした。

 

決して離れたいわけではない。

だけども、依存して、社長や会社におんぶにだっこで生きていきたくはない。

そう思ってシンガポールに行った時に社長に

「給料を減らして、会社の業務は行った上で、残りの時間はフリーに動きます」

と直接伝えていました。

 

それが27歳の8月。。。

そこから僕は自分自身がより楽しく、そして楽に生きられるような道を。

そのために、関わった人たちに、自分が手の届く人たちに価値を還元できる道を探し、作り続けています。

 

このツイートが全てではあるのですが、「雇われながら自由に生きる」という言葉には

僕自身がそうして幸せになってきたし、そういう人が居てもいいんじゃないか??というメッセージを込めています。

僕には別段夢があったわけでもなかった。
経験だってなかった。野心もなかった。明るい性格もなかった。

ただ、なにもないわけでもなかった。

めちゃくちゃ貧乏で幼少期からつらい経験をしてきたわけではなかった。
勉強だって、できない方ではなかった、成績としては優秀者の部類だった。
幸せに生きていた。別にビジネスの世界に行かないといけなかったのか?というとそうでもなかった。

本当に普通だった。

そういった人でも、会社に入ることで自分の枠を広げて、
自分がやりたいことを見つけることができた。

感情のままに動いていたら身につけることができなかった能力を身に着けて、
起業家や経営者さんと話すような知識や力を身につけることができた。

自分が知ることもなかった海外での生活を経験できたし、
自分で知り合うことすらできなかったできる人と友人と言えるような関係になれた。

「起業したほうがいい」「独立したほうがいい」「フリーランス最高!!」という意見が僕がビジネスを始めた当初は多かったが実際に僕は自分で最初に起業してうまく行かなかった。

だから、「雇われながら自由に生きる」そんな生き方も、一つありだと思うわけです。

そんな僕が今では

・シンガポールと日本でのデュアルライフを送っている。
・一ヶ月に1回は旅行に行くような感覚で外国か、国内で遠出する。
・一ヶ月に2回は箱根に行って、真っ昼間から温泉を楽しんでいる。
・年商30億超えのベンチャーグループで幹部として活動ができている。
・他3社ほど、自分が関わってきたすごい人達の会社で一緒に仕事ができる。
・複数の収入源を持って、少なくとも不自由のない生活ができている。

もちろん現状で止まってはいられないとは思っていますが、
この現状はやっぱり、会社に入らなかったら手に入っていなかったとも思うんです。

 

僕がやっている企画の「インサイダーギルド」も

もしそういう生き方を考えてもいいな。という人向けの講座になっています。

「ギルド」とは話していますが、実際のところは僕の7年間の経験を凝縮してお伝えするメールマガジンです。

「自分の生きる道はもう決まっている!!」

という人にはまったくもって役に立たないかなーと思いますが、そうではない場合は、是非登録をしてみてください。

少なくとも、今回のエピソードで、「なんとなく似ているフシがあるな〜」と思った場合は

一緒に人生を楽に楽しく生きれる仲間を募集しています^^

インサイダーギルドの説明はこちら。

 

本当に普通な完成をもっている僕だからこそ、より幸福度の高い生き方をしていって、

最終的には僕が発信している情報を活かしてくれる普通の完成を持つ人が様々な会社に入って、
その会社を発展させることで間接的に世の中の発展に影響を与えている。

なんてことになれば、僕もみんなも最高にハッピーだな〜なんて妄想をしております。

「普通でしかできない僕こそができる価値還元の道」

それを確立させ、より発展させるためにも、

僕もまた様々な経験をこれからも重ねていき、情報発信をしていきます。

 

では、ここまで長いエピソードではありましたが、お付き合いをいただき、本当にありがとうございました。

また次の記事で、お会いしましょう^^

 

エピソード1 ちょっとプライドの高くて、一般的な男の子

エピソード2 普通人、異世界に出会う

エピソード3 ストレスで蕁麻疹が出たのは後にも先にもこの時だけ

エピソード4 初めて人と向き合った年(23歳)

エピソード5 番外編 人生のパートナーを決めた瞬間

エピソード6 番外編 世の中には恐ろしい人がいると思った時のお話

エピソード7 雇われながら自由に好き勝手に生きる。