22~23歳

この歳の僕は、一番立場の変化が大きい年でした。

親に大目玉を食らった後、結果的には僕は大学を休学して、
バイトの数をとにかく増やしました。

もともとはコンビニの夜勤で週3だったのですが、
これを週4に増やしました。
それとピザーラの配達のバイトを初めて、これを週4~5で入れるようにしました。

大体週8~9くらいでひたすらにバイトに明け暮れてました。

朝9時に起きて、諸々準備して40分には家を出てピザーラへ。
そのまま17時まで働いて、休憩時間に家に帰って、こっそりとブログ執筆。
18時から21時まで配達して、そのままバイクでコンビニへ行って
ご飯を裏で食べてから22時から6時まで夜勤をする。

ちなみにこのときは働きすぎて、12月31日だけ休みをもらってて、
30日の夜勤が終わった後、そのまま彼女の家に行ったのですが

家についた瞬間に39度の高熱が出て、ぶっ倒れました。

多分気が抜けたんだろうな~と思います。

バイトで一月に25万円ほど稼いだときには、「おぉ、俺でもやればこんなに稼げるんじゃん」と素直に実感できました。

そしてこっそりやっていたビジネス・・・。

これもどうにか結果が出て、40万円ほど単発ですが、稼ぐことが出来ました。

そんな中、きっかけをもらい始めることとなった完全歩合制のカフェ営業。

営業をやりながら、休学期間が終わった後、一日だけ大学へ行きました。
また新しく研究室に入って一年間を過ごさないといけない。

(これから営業も頑張りたいのに、研究室にはまた行ける気がしない。)

去年とは違う研究室になる予定でしたが、僕にとっては研究室はすでに行きたくない場所になってました。

そして数日後の夜、、、
意を決した僕は親の寝室に行き、寝ている父さんを起こして、大学を辞めたい。と申し出ました。

父さんは眠たかったこともありましたが、許可をしてくれました。

その後、僕は家にいることがいたたまれない気持ちになって、初めて家出をして、彼女の家に転がり込みました。
当時彼女は社会人2年目で、一人暮らしをしていたのです。

 

そして、その4ヶ月後に、営業マンの中でトップセールスマンだった知り合いが起業。

僕はお手伝いさんとしてその会社の手伝いをしてました。

営業ではうまく行かなかったけども、ネットビジネスの知識はあり、文章を書くことができた。

起業した社長は営業はダントツでしたが、
ネットの知識がないからということで、僕はコンテンツ作成やコンサルのお手伝いを2ヶ月ほどしていました。

その後、オファーをもらい、創立後の社員として仲間入り。

僕の第二の青春時代はここだったと思います。

 

求められて、自分の力を活かせるのが楽しかったです。

当然ビジネスの世界ですから厳しい時もありました。セミナーを行うときなんかズタボロに指摘されることもありました。

ただ、その時に会社の創立メンバーでNo2だった人間は、めちゃくちゃ明るくて、人生の親友であると思ってました。

一緒にいるのが楽しかった。

本当の意味で友達という人間が出来て、僕としても嬉しかったし、充実していました。

結果的にはその親友は二ヶ月後に、会社を独立して自分でやっていくことになりました。

別に喧嘩別れとかではなく、純粋に自分でやっていきたい気持ちがずっとあり、その気持に殉じた行動でした。

 

で、それがきっかけで社長とサシで話し合って思ったことを言い合ったり、
(殴り合う覚悟でしたが、そういうことはなかったです笑)

本当に濃密な時間を過ごしていたと思います。

今思えば甘い部分も、ビジネスのおままごと感もありますが、その当時は当時なりに全力で生きていました。

やっている事業は、ネットビジネスを教えるコンサルタント事業。
僕はネットの知識を一番知っているということで、社長たちが集めてきてくれた人を

コンサルタントとして一手に教育を引き受けていました。

 

そんな中ですかね。僕が1つ今でも覚えている出来事があります。

前述したとおりで、当時僕はコンサルタントとして、稼ぐ力を身に着けたい。
自分の意志で人生を良くしていきたい。という人のコンサルを一手に引き受けていました。

うまくいっていないわけではなく、結果を出す人もいました。

毎日、人と会い、その人の進捗状況に応じて話を進める日々。
そんな中、疑問を感じたのです

「確かに結果を出している人はいるけども、結果を出す人って元々の才能が強い人ばかりじゃないか?」って。

僕が当時やっていたのはネットビジネスのやり方、ブログの書き方。をお伝えすることがメインであって
別に目の前の人に対して本当に意味でカスタマイズした方法をお伝えしきれてなかったのです。

「この人はなんで今ここにいて、こういう人生を歩んでいるんだろう」

とあるコンサル中のことです。初めて僕はその人のことを深く知ろうと思い、ヒアリングをし始めました。

今でも覚えてますが、このときのコンサルで僕は初めて、
相手がどういう生い立ちで、何が好きで、どういう性格で、どんな価値観を持って生きているのか??

を気にし始めました。

その後は僕自身、人間学に大いに興味を持ち始めました。

元々人間分析は好きでしたから、どんなタイプの人はどういう考え方を持ちやすいのか??

人の体の構造と、心の構造がリンクしていることなど、勉強をすることも多くなりました。

20万円支払って、沖縄へ人間セミナー合宿にでかけたのは今でもいい思い出です。
(ちなみに初めて一人で関東から出て、飛行機に乗ったのがこの時でした。)

一連の流れを経て、僕は親友の独立をきっかけに、
会社の役員メンバーとして活動を行っていくことになります。

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大学を辞め、家出をして、それでも稼げなかった営業を経て、
ベンチャー企業の創立に関わった23歳。

この歳は、心境的にも精神的にも僕にとって非常に大きな経験が多数あり、忘れられない一年となりました。

人生の友だちとも言える、親友との出会いがありました。
自分を認めて救ってくれた場所がありました。
人と話すことが苦手だった僕が教えるのは好きだったということに気づけました。
自分の得意な分野、文章や人の分析を活かせる分野で働けたこと。
数十人、数百人という人と触れて、コンサルできる機会に恵まれたこと。
社長に対して本気で言いたいことを言い、会社を支える経験が出来たこと。

それこそ会社に入る前は営業で成果も出せてなかったし、
彼女の家に転がり込んでいたので、バイトしながら、毎日1食のパンで飢えをしのいでいたんですよ。
(ローソンとかで売っている、チョコチップスのスティックパンです。)

会社に入ってから、抱えていた借金も、この歳で返すことが出来ました。
(給料は高くはなかったんですが、住み込みで働いていたし食費が経費だったので、
生活費がほぼかからずにもらえるお金を全て返済へ回せました。)

特に社長と話すときは、本当に殴られるんじゃないかな??と内心ビクビクしながらも
思ったことを話していたのを覚えてます笑

僕が「雇われながら自由に生きる」という提唱をしているのも、この経験があるからです。

僕は一人で独立して、起業し活動していた時は、正直全然稼げませんでした。
一ヶ月に40万稼いだことがある。といったところで、その月だけですし、年間で40万しか稼げてなかったら暮らせるわけもありません。

ただ、この会社に入った後は、僕は自分の能力を大きく活かせたし、伸ばせたという感触が、自他ともにあります。

もちろん、起業や独立を志した経験があるからこそ、そう言える部分はありますが。

少なくとも「誰しもが即起業したほうが良いというわけではない」と僕は思ってます。

会社でしか学べないこともあるし、
会社だからやらなければいけないことも、最終的には大きな糧になるんではないかなと。

あくまで個人的な意見なんですけどね。

 

そして、この後、会社自体は紆余曲折を経て、成長していって
大きな会社へと変わっていくし、僕自身もいろんな出来事を経験して今の生き方に辿り着くようになるんですが、

次からのエピソードは、2つほど番外編のエピソードとなります。

一つは僕が今の奥さんと一生涯一緒にいようと思った時のお話。

もう一つは、大学休学時代、僕が死に物狂いでお金を稼ごうと思った、30万円詐欺られた時のお話。

両方共、僕自身の人生観を構築したエピソードになってますので、

よろしければ、お付き合いいただければ幸いです。

 

エピソード1 ちょっとプライドの高くて、一般的な男の子

エピソード2 普通人、異世界に出会う

エピソード3 ストレスで蕁麻疹が出たのは後にも先にもこの時だけ ←Previous episode

エピソード5 番外編 人生のパートナーを決めた瞬間 ←Next episode

エピソード6 番外編 世の中には恐ろしい人がいると思った時のお話

エピソード7 雇われながら自由に好き勝手に生きる。